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すきなもの、内藤礼

さて、アートネタに戻って・・・
好きなものシリーズ(シリーズって程書いてないじゃないの!)
前に書いたのはもう2年位前か・・・須田悦弘さんの事を書きました。
ちなみにその当時好きな物をざくっと並べた物がこちら。
 
さて今回は内藤礼さん。
内藤礼さんの作品ってどう言葉で表現していいか。
はかなさ、やさしさ、かなしさ、繊細、ストイック
全部当てはまっていて、全部外れてるような、そんな気がする。
そもそも言葉で表現していい物かどうか判りませんが。
でも、なんとか言葉で表してみたい気もする、そんな作品。
で、何故に、今、内藤礼さんの事なのか???
  
これのせいなんです。
この展覧会は去年の秋にやっていて凄く行きたかったのですが
結局行けず・・・。
で、カタログが出ていると言うので美術館に直接連絡をして
それを入手。
  
ここでのインスタレーションは以下の作品で構成されていた。
「母型」小さな写真作品が数点
「母型」屋根から床に水の雫を8カ所ポタポタ落とす
 ※上の写真作品と同じタイトルだが作品としては別のもの
「恩寵」細い糸を建物の中に3箇所渡らせる。
「世界に秘密を送り返す」建物のどこかにマジックで文字を書く
これだけです。これだけなんです!
Image8811
  
たぶん、建物の中に入ったら写真作品以外は一見何も見えない。
目を凝らし、耳を澄ますと水の雫が落ちる音、跳ねる姿に気付く
はず。そして上を見上げると糸が渡っているのが見えるかも。
また、誰も気付かないマジックでの落書き。
これだけの建物の中に、ほぼ何もせず、最小限に手を加えるだけ
で存在感を示す、そして内藤さんらしい、と思わせてしまう。
※須田さんの作品と言い、シンプルで最低限に手を加える、と
 言うのが私は好きなんだなぁ、と改めて感じました。
 ただ、私は冷え性なのでこの建物の中に靴を脱いで入ると
 足先が冷えそうだなぁ、と言う余計な心配も・・・。
Hatsuden <発電所美術館内部>
  
カタログではシンプルに写真作品の掲載と水の雫が跳ねていたり
、床に水たまりが出来ている写真が載っているだけ。
これで全てが伝わってる訳でもないし、現場を体験しないと判ら
ない作品だと思う。でも、その分、想像は掻き立てられてしまう。
以前に見た内藤さんの作品を思い起こして、この建物の中に立つ
自分を想像してしまう。今の自分と何かを絡み合わせてしまう。
思わず泣きそうになる。
  
展覧会に行けず、カタログだけ見て悔しい思いをしたのは幾つも
経験がありますが(昨今だと奈良さんのA to Zとか)、泣きたく
なるような事は今回初めてでした。
そう考えると、内藤さんの作品は結構、胸にズキッと来る作品が
多いです。
  
内藤さんの作品に初めて触れたのが2002年。
今は亡き食糧ビルディングにあったライスギャラリーbyG2。
この時、食糧倉庫の建物解体が決まっていて、ギャラリー
としては最後の展示会だった。私はこの建物を見に行った
ような物。
そこで出会ったのが内藤礼さんの「地上にひとつの場所を」。
文學界と言う雑誌の2007年7月号の表紙がそれでした。
Bungaku_2
当時の私の感想
2002年9月、10月のweek end、上から2つ目の欄
※うわっ!この頃の日記は一人称を「俺」で書いてる、俺!
  
柔らかい布に包まれた空間に入る。その中で見る外光の差し込み。
天井から吊るされている細々とした何か、をただただ眺めるだけ。
そして時間の流れを感じる、もしくは忘れると言う感じる体験と
しての作品が直島にある きんざ「このことを」も忘れられない。Kinza <きんざ 建物>
  
何か作用するわけでもなく、ただただ、建物の中にいて、細かい
何物かを眺めている。光と時間の移り変わりを「感じる」それだけ
の作品。直島の家プロジェクトのこの作品は予約が必要なのだが
直島に行ったら何が何でも見なくては行けないものとして私の頭の
中に存在しています。
初めて直島に行った時の感想

  
また、私にとってはギャラリー小柳で見た内藤礼さんの個展で
見た「なににもならなくていいよ おいで」と言う言葉が何故か
しみ込んできたのが忘れられない。
  
結局、この人の作品を見ている時には何故か私は剥き出しになって
しまうのです、気持ちが、今抱えている問題や悩み、感情が。
そしてそれをヒョロっと掬ってっくれるのです。いや、実際は自分
の中でそれを見つめて自分勝手に解釈しているだけなのですが、
でもそう言う気分にさせてくれる、この感じはなんなんでしょう?
日本人ならではの間だったり侘び寂びだったりするかもしれないの
ですがそれだけで括れないはかない優しさ、でも放っておいてくれ
る距離感、母親の胸の中に包まれているようで、遠くにいるようで。
弱くも強くもある不思議な物、内藤礼さんの作品に惹かれる故です。

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コメント

こんばんは

内藤さんの作品について KINさんが書かれている言葉、
とても実感がこもっていますね。分かるような気がします。

食糧ビルディングには最後のイベントで行きました。
当時は作家さんの名前なども知らず、建物のたたずまいが
印象に残るのみなのですが、出品作家のリストを拝見したら、
もう少し早くこっちの方面に興味を持っていればなぁ...
なんて思いました。

投稿: lysander | 2008/02/02 00:03

lysanderさん
こめんとありがとうございます。
lysanderさんは母型見に行かれたのですよね。
羨ましい。内藤さんの作品は「感じる感」が高い
ようあ気がします。

食糧ビルの最後のイベント、エモーショナルサイト
ですね。あれは今思い出しても楽しかったです。
建物メインでもあれを体験したってだけで良い経験
ですよね!

投稿: KIN | 2008/02/02 00:22

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