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幻想と現実が同じ物であるために~重森三玲の庭

建築の場合、大抵は図面が美しいと実際の建築も美しい。
まぁ、例外もあると思うけど。
フランクロイドライトの図面は美しいだろう。
ヌーベルの図面は美しそうだ。
フランクゲイリーの場合は図面ではどうかなぁ、と。
前川國男さんの図面も美しかったし、同じ展覧会にあった
コルビジェの図面もすんばらしく美しかった。

そしてそれは庭園にも当てはまると言う事を今回知った。
って言うか良く考えれば当たり前の様な事なんだが、
やはり庭って造られるものなのだと言うことを実感です。
庭って木や石などの自然の物を使っているので、造って
いるのは間違いないのに造ってると言うイメージがどうも
頭の中で繋がらなかったんだけどやはり造っていたんです。
当たり前の様な事なんだが。

重森三玲の庭 ─地上の小宇宙─
松下電工 汐留ミュージアム 10/7から12/10

前に前川國男さんの展覧会のところでも書いたのだけど
「手を抜かない、と言うのがほんとうの美しさ」と言う
事をこの展覧会でも思い知りました。

会場には重森さんの造った庭の写真・模型・図面などが
並べてある。

会場の入り口にあるのが岡山の豪渓と呼ばれる渓谷の岩
の写真。これは重森さんの原風景として位置されている。

そして、各庭へと繋がっていく。

重森さんの作品の中でも最も有名な東福寺の方丈庭園。
東福寺
市松模様で有名な、三玲の代表作です。
Go_374_02
この市松模様、どこかで見たことありませんか?
この庭には他にも北斗七星を模した石や枯山水の庭等
があります。イサムノグチがモンドリアン風だと称した
と言いますが本当にモダンです。でも、しっかりと日本
庭園でもあるところが凄い。
Mirei01
Hojo1

「永遠のモダン」を目指した重森三玲ならではの庭です。
永遠のモダンと言うのは古くならない創造の事。
本当に古くならないんだから不思議である。

同じ東福寺には龍吟庵の庭「龍吟庭」と言う重森さんの
庭もあります。龍の昇天を石組であらわしているとの事。
Ryuginan
雲海に竜の背ヒレが浮かんでいる。

石像寺の四神相応の庭
E09011
玄武、清龍、朱雀、白虎を石と色で表現してます。
朱雀は石も赤い!

岸和田城八陣の庭
Go_374_05
この幾何学模様は諸葛亮孔明の八卦の陣を模してると。

友琳会館友琳庭
Go_374_04_1
デザインは友琳の模様から。

他にも
庭だけでなく茶室の設計も重森さんが担当した小河邸、名作
と言われている松尾大社庭園、現在は重森三玲庭園美術館と
して公開されている重森三玲旧宅などの写真や図面も。

Mirei05 松尾大社

Mirei04_1 重森三玲旧宅

重森三玲庭園美術館

展覧会の後半は重森さんが行った全国の庭園の実測調査の
図面などが展示されている。
他にも重森さんと交流のあった勅使河原蒼風やイサム・ノグチ
の紹介などのコーナーも。

重森さんは日本画、いけばな、茶道、建築等を全て学んでいる
のでこう言う従来の仕組みに縛られない発想の庭を造る事が
出来るのだろうか。斬新なのにそれでも日本庭園であるのは
実測調査などを行い、伝統や仕組みと言うのを良く判っている
から。伝統的であり、斬新である。この両立って簡単では無い。

伝統的な中国の神仙蓬莱思想に基づいた石組みを知り、三尊石
で仏を表現し、枯山水の石庭を作り上げる。伝統がしっかりある
からこそ古びない、それでいて幾何学模様や新しい発想を取り
入れていく斬新さ。

寂びないモダン、作品が作られた当時だけ輝くのでなく、時代
をこえてモダンに見え続けること。
これを「永遠のモダン」と言っている。

それでいて、見た目や発想の斬新さだけではなく「手を抜いて
いない」のがまた「永遠」たる所以なのだろうか。

重森さんが話をしている映像のコーナーもあるのだが、その中
で言っていた事(かなりうろ覚えなので私的解釈が入ってます)

「庭と言う物は施主(クライアント)が居るので庭を設計する
のはもちろんだが、その前に施主を設計しなくてはいけない」
重森さんでも施主に困った事があるんだなぁ、と。

「時代が新しくなればなるほど石を組むと言う事をしなく
なってくる。そうなると石を置くだけだから石自体の形にとら
われる。一つの石の形が素晴らしい物でなくてもそれらを見極
め石を組めば素晴らしい物が産まれてくる。」
そうなんだよね、人も同じだと思う。単独で素晴らしい人を
探してしまう昨今。欠点があってもどこか特徴的な人(石)を
組み合わせることによって素晴らしい仕事や組織(庭)が生ま
れてくる。美しい庭には璧で形の美しい石が必要はない。
法隆寺の西岡棟梁も木を組むことについてそう言ってました。

また、重森さんは自然の形をそのまま模した庭については反対
だったようです。庭と言う物は造られる物だからそのまま造っ
ても意味は無く、解釈され、造られたものの中に自然を感じる
と言う考えだったようです。抽象絵画的な考えです。
これは私はそのまま鵜呑みには出来ませんでしたが。
植治の自然観たっぷりの庭などはそれはそれで素晴らしい。
(まぁ、あれも、自然を解釈して造られた庭なのは間違いない
ので結局同じ事なのかもしれない)
重森さんならではの自分の作風に対する主張だったのでしょう。
それでも重森さんの庭が素晴らしく、時代を超えたモダンで、
カッコイイのは変わらない。

今度、京都に行く事があったらじっくりと見に行かねば。

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