« なにが~建築と芸術、芸術な建築 | トップページ | こころ~好きなもの、須田悦弘 »

すまい~「手塚貴晴+手塚由比」展

って事で前フリが長かったので「手塚貴晴+手塚由比」展
の本題に入りましょう。

「手塚貴晴+手塚由比」展
ギャラリー間

手塚 ARCHITECTS

ギャラリー間に入ってすぐの空間には楕円形の巨大な建築
模型があった。建物は平屋造りだが、屋根の部分は全て
屋上として使える2層の構造。大きな樹が数本建物を貫いて
いる。楕円の真ん中はもちろん庭的な空間。そこに向かって
滑り台が2つほど・・・と言う事でこれは幼稚園の建築模型
だった。なんか、凄く楽しそうな幼稚園。木登りや屋上、中庭、
と言う子供が放っておいても遊んでそうな要素が山盛り。
tezuka1

屋外のバルコニーにも模型。
tezuka2

そして上のフロアに上がると、街並みのジオラマ???
tezuka3

よーく見ると同じ形の建物が幾つもある。
つまり今まで作った幾つかの建物のスタディ模型(建物を作る
前にイメージを確認するために作る模型)幾つかを縮尺違いで
並べて模型の群れを造り、街並みにしてしまったのですな。

展覧会の中にはあまり説明文、と言った物は見当たらない。
そして展覧会の会場案内が手書きの絵が描いてあるチラシ。
これも楽しいです。
tezukac

なんだろうなぁ、つまりは「遊び心」ってやつなんでしょうかね。

今回の展覧会用に作ったというカタログも買いました。
こちらもなかなか読んでいて楽しいです。
手塚貴晴+手塚由比 建築カタログ

この本を読んでいたらこんな事が書いてあった
(結構要約してあるので私の解釈も混じってますが)
「空調のきいた最先端の家が海辺の民家にかなわない事も
ある。三次元携帯のアバンギャルドな建物が100年前の作品
と何も変わらなかったと言うこともありえる。人と建築の関係
は時代がどんなに進んでも変わらない。家族で食卓を囲む、
窓を開けて緑を見たい、と言った単純な欲求。我々はその
根本的な部分に手を加えてみたい。」

「屋根に登ると楽しい、そんな判りやすさ。そんな建築には
普遍性がある。それはアイデアを理解してもらえると言う
意味であって、決して万民に了解してもらえると言う意味で
はない。
建築は建築だけで成立しない。建築を取り巻く現象、つまり
日常と相互関係にある。建築の理解は日常に基づいて社会
に理解される。」

「竣工は建築の生誕に過ぎない。使われて成長する生き物
である。逆に使用者が入り込む余地の無い建築はなかなか
愛されない。」

住宅と言う物に最も当てはまる言葉だとは思うが、結局は
そこに住む人、使う人が大事である。そしてその求める物
は様々。万人に受けるものではなく、そこを使う人が求め
育てていく物を作っていく。
あくまでも建築には「条件があり」、それでいて「可能性を
開き」「理屈が通る」ものでなくてはならない。
設計者の独りよがりな建物であってはいけない。
そう言うことを言っていた(そう感じた)。

ちゃんと住んでいる人を見ていてくれる。
そんな事が見えてくる建物。だから気になるんだな。

|

« なにが~建築と芸術、芸術な建築 | トップページ | こころ~好きなもの、須田悦弘 »

コメント

あ!建築のことはわかんないけど
これ行こう。絶対行こう。

情熱大陸、で見たときは、
作品として、たぶん鎌倉?にある家が紹介されてました。

窓から一日の光がさしこむ部屋は、
夜に電気を消しても、一日分の光の記憶が微かに
残る。。蓄光?みたいな工夫がされてる家だった。

依頼主を必ず事務所に招いて、
そこで手塚貴晴氏が手料理を作ってもてなし
お酒飲んで、食事を楽しむ、、ところから
打ち合わせがスタートするとか。

私もやっぱ、建ててもらうなら手塚夫妻がいいな。
言葉も凄くいいですね。

そういえばクウネルの創刊号で安藤忠雄氏が
どういうふうに住みたいか、というのは
その人の意志で決まる。みたいなことを
おっしゃってました。それにちょっと似てる。
でも出来上がる建築が全然違うのがまた面白い。

投稿: Mariko | 2006/03/27 13:34

今回の展示はそんなに大きい物でもなかったし、正直
何か素晴らしく新しい発見があるわけでもなかった。

でも、ね、なんか、少し手塚さん達の目指す物に、
考えている事に触れてみた、そんな気がさせられる、
そんな感じの展示でしたね。

手塚さん達の作品カタログも良かった。
建築系に興味がなければ買うまではしなくても良いと
思うけど、ちょっとながめてみて。
ギャラリーのあるビルの2Fの本屋さんでゆっくり見る
事が出来ると思うし、昨日新宿のBook1stでも見たよ。
こんな家建てたい症候群にかかってしまうのが問題だが。

安藤さんも手塚さんもアプローチは同じなんだね。
それで結果が違うんだから、それは特徴であり、癖であり。
住み人の癖と設計する人の癖、そしてきっと立てる人の癖、
さらに建つ場所の癖がとても絡み合ったものなんだな、
建築って。

投稿: KIN | 2006/03/27 17:27

亀レス失礼します。
手塚夫妻の作品って、Craig Ellwoodという50−70年代あたりに活躍したアメリカ人建築家の家をもの凄く連想させます(最近ちょうど雑誌の特集をみた)。影響されてるのかもしれませんね。
Ellwood、使っている素材は昔のものだけど、結局「光との関わり方」だとか「自然との相互関係」だとか、家と人にとって大切なことを昔から大事にしてるから、作品が全然薄れていないんですよね。今でも住みたいと思えるような家が多い。

投稿: nori-o | 2006/04/06 17:50

へぇ、その方知りませんでした。
ちょいとしらべてみよっと。
ケーススタディハウスに参加した人なんだ。
住宅とかが多いのかな。
住宅が多いと施主の顔が良く見えるだろうから。
そして施主=住む人って事になるだろうから
そう言う考え方になっていくのかなぁ。
想像だけど。

投稿: KIN | 2006/04/06 18:51

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: すまい~「手塚貴晴+手塚由比」展:

« なにが~建築と芸術、芸術な建築 | トップページ | こころ~好きなもの、須田悦弘 »