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すな~植田正治:写真の作法

近くにありて思うもの。しかし近すぎると判らなくなる。

こんどうあや個展「Marian Bootleg」を見に行っていたが
書き忘れているうちに内容も覚えていないはめに。

なので、忘れないうち「植田正治:写真の作法」について。

「植田正治:写真の作法」恵比寿写真美術館

植田さんの写真展

そこには日常が写っているのだが、それはリアルな日常では
なく絵画や演劇で表現されるような日常だった。

人は何かを見て、それが凄い時、自分の想像を超える時には
天才と言う表現を使うが、それ以上にどう表現して良いかは
判らなくなる。
同じ写真でもリアルな天才である森山大道さんやアラーキー
などとは確実に違う表現になるだろう、植田さんへの賛辞は。
でもどう表現したら良いかは判らない。

そもそもこれは写真なのだろうか?そう呼んで構わないの
だろうか?と言う疑問すら生まれてくる。
それが写真と言う身近な表現なのだから尚更である。
ピカソやダリ、モンドリアンなどの表現にはじめて対面した
人は一体どう表現をしてそれを表したのだろうか?
その衝撃を表現できない時にどうしたのだろうか?

美しき花が防腐剤で腐らない不思議さを感じる。
自分の知らない調味料に舌を痺れさせそれを表現出来なく
て、それが天然のものなのか人工物なのかも判らず、ただ
それに痺れ続ける感覚。

風景の光景、そこに答はあったのか、無かったのか。
さて?

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