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ダイアログ・イン・ザ・ダーク体験!

うーん、ここ数日、比較的バタバタの中でブログ書いているので
消化不良(じゃあ、書くな!)。
脳内出現言語垂れ流し状態。少しも考えて無い。

さーて、この前の日曜日。広尾に行きました。
「ひろお」を変換したら「博夫」と出ました。これは誰?
博夫、いや広尾の交差点で見た光景。
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いやーカワイイですね。トリックオアトリート。
そっか、ハロウィンか。

行った目的地はドイツ体験スクエア D-HAUS
ドイツ年も関連イベントとしてドイツ大使館の横の学校でやって
ます(って事はここは廃校?)。

 

ドイツ体験スクエアD-HAUS

写真は入り口のドイツワールドカップの記念オブジェ。
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このイベントの中では、まぁ、ドイツって事でソーセージを売って
いたり(買いました)、ビールレストランがあったり(ビールの銘柄
の人気によって金額が変わる為替式)、アートエリアがあったり
と意外に盛りだくさん。中庭でももちろんドイツビールとソーセージ
が食せる。食材お土産屋やワインショップなどもある。
まぁ、結局、食い飲みが充実していればそんな文句はないです。

広場にあったこのシステムが面白かった。
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システムの上から水が降ってきます。
なんと、その水滴が文字を形成して告知板になっているのです。
よーく写真を見ると「シャンソン」と言う文字が読めませんか?
ちょっと読み難いかな。現地では結構はっきり読めます。

で、前振りはここまで。
本日はここで行われているダイアローグ・イン・ザ・ダーク
参加するのがメインです。

Dialog in the Dark Japan

なんだかの映画に似ているようなタイトルのこの企画。去年この
企画がやっているのを知り、ただ、バタバタしているうちに終了
期間も近くなり、予約は一杯(念のため有料で予約が必要です)。
体験できなくて非常に残念な思いをしていた所に今年はD-HAUS
の中でこの企画をやっていると知ったので、もう予約予約。

これは何人かで集団になり、真っ暗で何も見えない空間で色々
な体験をする、と言うそう言う企画。そしてその暗闇の中で先導
してくれるアテンダントが視覚に障害のある方なのです。
つまり視覚障害の人の体験をする、と言う企画なわけです。

私が参加した時は全部で7人の参加者+アテンダントさん一人で
合計8人のグループで会場を回りました。
入り口で白い杖を渡されて、アテンダントさんとご挨拶。
心なしか皆、緊張の面差し。

会場に入ると本当の真っ暗闇。人間少しでも明かりがあれば、目
が慣れてきてぼんやりとした形位は把握できるものです。
ところが本当の真っ暗闇では近くにいる人も何も判らない。
自然とコミュニケーションは声中心、頼るものは聴覚と触覚だけ
になるのです。
前に荷があるか判らない真っ暗中でそろそろと一歩足を踏み出す
と言う行為から始まっていきます。
そうやって森の中や駅のホーム、バーなど様々な環境を歩いてい
き感じていく。なかなか通常では味わう事の出来ない体験ですね。

声を掛け合いそれぞれの位置を確かめる。ここに樹がある、壁が
ある、段差がある、等と声掛け合いながら、アテンダントさんの
声に導かれるまま進んでいきます。
人にぶつかる、足で段差を感じる、橋を渡る、そこで声かけあう。
他の参加者の方ともそう言うコミュニケーションでつながり合っ
ていくうちに緊張もほぐれ笑いも出てくる様になる。

あと、今回の会場で点字ブロックの重要性は強く感じました。
あれ、大事なんですね。私なんかはホームの黄色い線位にしか
考えてませんでした。

この企画で感じた事は二つありました。

一つ目は視覚以外の自分の感覚の再認識について。
視覚の無い世界で必要な聴覚と触覚(臭覚、味覚等ももちろん)
の大事さ。他の人の位置を知る、水が流れている音を探す。足の
裏に感じる木の葉の感覚、固い床の感覚。暗闇で触る楽器など。
おそらく目で見えていたらここまで感じようとしていない物が
そこにある。必死に触って、聞いて判断しようとする。

そして今の世の中が視覚にとても比重を置いている世の中だと
言う事に気がつきます。

そこで二つ目。視覚障害者の方の感じている事、考えている事。
ちょっとした声掛けがどれだけ助けになるか。知らない場所で
何も見えないことがどれだけ不安か。

会場をグルッと回った最後に視覚障害者の方と話をする時間が
ありました。その方の言う事には、人の居るところの方が安心
する。何も無い所、誰もいない所の方が不安だと。そうですよ
ね、たとえどれだけ雑踏だとしても誰か居れば本当に危ない時
や困っている時は助けててもらう事も可能でしょうし。

後、言われていた事は目が見えないことによる情報の少なさに
ついて。本なども点字の本が出る出ない、そして出たとしても
かなり時間がたってしまう事。それを残念がってました。

また、それに伴って、目の健常な人とのコミュニケーションに
支障が出る、実はこの事を一番気にされていたのではないかと
思います。皆が集まってする話題、映画やテレビ、雑誌で得た
情報等々をネタにワイワイ楽しく話している、そこに入り込め
ない、それが一番悲しそうな感じを受けました。

歩く時も多数の人と一緒に歩くスピードが違うので、どうして
も気になってしまう、という事もおっしゃっていました。

ちょっと大仰な事を言うかもしれませんが、何様だと言われて
しまうかもしれませんが、やっぱり彼らも普通の人なんです。
目が見えない、と言う事を抱えているかもしれませんが、楽し
む、コミュニケーションを取る、という事に関しては私たち
と同じなんですね。

目が見えないからってそれで特別扱い、と言うのはちょっと
違うのかな?と思いましたね。もちろん、道端で声を掛ける、
危ない時に教えてあげる、放置自転車に気をつける、等々の
事は、これは特別扱い、とは違う事でやるべき事として押さ
えます。

ただ、それ以上に目が見えないってだけで必要以上に気にする、
心配をする、特別扱いをする、と言うのは彼らは求めていない
のかな、と。普通に接したいし、一緒にいたい。それなのに
今の視覚中心の世の中ではなかなかうまく行かない、そう言う
ジレンマがあるのだと思います。私たちも同様ですが。

最後にぜーんぜん、話は外れますが、こう言う場って人となり
が出ますねぇ。前に出る人は出る。しゃべる人はしゃべる。
見守る人は見守る。自分から積極的に行くも、後ろから見守っ
てその様子を逐次観察する人も吸収すると言う点では一緒なん
ですが、その人その人でそのやり方が違うんだなぁ、と。

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コメント

前に出まくりだった私ですが、キミも出まくっていたと想像してる。あ、違う!しゃべる人か!

投稿: さときち | 2005/11/04 11:30

うん、おいらも結構前に出ましたわ。少しの譲り合いが
見えたら即前に!って感じで。
もう一人前に出てくる派の女性が居たのでどちらかが
前にいましたよ。おいらの場合はふらふらと進む方向と
違う方にもお出かけするので、気付いたら一番後ろと
と言う事もあり。
ご想像のとおり、これは声に出す必要はないだろう、と
言うものでもなんでもかんでも声に出してたのは私です。
笑いを取るよりも、暗闇では錯乱させるだけか?

投稿: KIN | 2005/11/04 13:31

あー、でも、あなたのように杖を使わずにずんどこ
進んでいく勇気はありませんでした。
ちなみにバーではワインを頼んで、あっという間に
飲み干しました。

投稿: KIN | 2005/11/04 13:33

告白しよう。実はね、あの日履いてた靴が、なんての?ウォーターソックスっていうのかな?Nikeの、底が薄いスニーカーだったのね。
薄いんで、足の裏に床の様子がかなり伝わってくるのね。なので、杖の間接的な「点」とか「線」より、足裏に直にくる「面」の情報の方が圧倒的だったんですよ。もし次回っていうのがあるんだったら、この靴でやってみると面白いかも。
あ、でも、自分の足より前方にあるものは分からないので、まあ、相当危ないです。

投稿: さときち | 2005/11/04 14:41

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